(1960~1992)
↑ 1975年1月VS-28は、セシルフィールド海軍基地でS-3Aを受領し訓練を始めた。同隊は短い期間CVW-8"AJ"の傘下に入りUSSニミッツで艦載訓練を受けたが、後に最初の空母航空団はCVW-6"AE"となってUSSアメリカに搭載された。1975年に訓練中の同隊は60番台のModexを付けていた。S-3A/AJ-60/Bu.No.159729
アメリカが中ソとの厳しい対立の最中にあった1960年、その年の6月1日に創設された比較的新しい艦載対潜哨戒飛行隊で、創設と共にS2F-1トラッカーを装備している。世界各地で共産党政権によるドミノ現象が起きており、南ベトナムも北の脅威を受けアメリカの介入が始まろうとしていた。一方1960年は中ソの共産党国家間の対立も始まっており、世界情勢は混とんとしていた。そんな中アメリカ海軍は、特にソ連の弾道ミサイル/攻撃型原子力潜水艦等の増勢や各地に派遣されるアメリカ海軍艦艇に対する潜水艦の脅威に対し、一気に12個もの空母搭載型の対潜哨戒飛行隊を創設したのである。この時に創設されたVS-28は、VS-31と共に対潜専用空母に大量に改造されたエセックス級空母の一隻であったUSSワプス(CVS-18)に搭載されてキューバ危機など5回もの実戦航海に赴いている。1963年に部隊はS-2Eトラッカー対潜哨戒機に更新し、1971年にはUSSサラトガの搭載され、従来のCVSでの運用からCVでの攻撃機部隊との相互運用を行う新しい編成に参加した最初の部隊となっている。飛行隊は1974年1月にS-3Aに更新された。S-3AではUSSアメリカ→USSインディペンデンス→USSフォレスタルと搭載艦がかわり、1990年にS-3Bに更新したがその後直ぐに部隊解散となっている。よってB型バイキングの写真はほとんど残っていない。(2026年2月 記)
↑ 1979年から1985年までの間は、USSインディペンデンスに搭載された。所属は同じCVW-6"AE"で、マーキングが非常に簡素なものに変えられている。尾翼のチップは基本的に黒に塗られ、それまでの赤が使われなくなった。この時期CVW-6ではEA-6B部隊が700番台のModexを使っており、S-3Aは600番台のModexを用いていた。
↑ その後CVW-6の傘下で1979年6月から空母インディペンデンスに搭載された同隊のS-3Aは暫くの間一つ上のイラストと同じ青いトランプのマーキングを維持したが、1980年代のロービジの影響か、上の様な簡易な塗装に変えられた。S-3A/AE-706/Bu.No.159420
↑ VS-28が最後に搭載されたのがUSSフォレスタルで、戦後に造られた大型通常動力空母であった。大型原子力空母ニミッツ型が次々に完成する中、フォレスタル級の空母は老朽化の為に引退が計画されており、同艦は1993年に引退した。VS-28もB型に更新される事無く、1990年代の冷戦終了後の軍縮で姿を消すことになる。
↑ VS-28が最初の航海遠征を行ったのが、空母アメリカでCVW-6"AE"の傘下にあった。USSアメリカは1976年から1978年までの2年間の間、搭載された空母だった。尚CS-28は訓練中にUSSニミッツに乗った以外、一生を通常型空母だけで運用された。
↑ 1985年USSフォレスタルへの搭載が決まり、上の様なマーキングが施された。ロービジの波の中で珍しく派手なマーキングの復活である。尚テールコードの書き方には左右2種類の斜文字が存在した。同隊は、USSアメリカ/インディペンデンス/フォレルタルと3隻の空母に搭載され、B型に更新される事無く1992年10月に解散となった。S-3A/AE-701/Bu.No.159418
↑ 1977年5月ドビンス空軍基地の航空ショーに展示されたVS-28のS-3A/AE-603。最初の配属となった第3空母航空団(CVW-3)は、空母アメリカへ搭載されていたので、艦名と"AE"のテールコードが書かれるようになった。
↑ 1975年8月に当時のミラマー海軍基地(現ミラマー海兵隊基地)で撮影されたVS-28のS-3A/Bu.No.159731。テールコードが入っていないのは、まだ所属CVWが決まっていなかった為と思われる。S-2E時代は「八ッカース」と言う部隊名だったが、S-3Aに更新時「ギャンブラーズ」に変っている。